国交省「SAS対策マニュアル【完全版】(2025年)」を解説
- 広子 木村
- 11月1日
- 読了時間: 15分
更新日:11月2日
はじめに
2025年7月、国土交通省は「自動車運送事業者における睡眠時無呼吸症候群(SAS)対策マニュアル」を改訂し、完全版と簡易版を公開しました。
SAS対策は長く国として取り組みが続いています。 平成15年(2003年)に国としての推奨が始まり、平成27年(2015年)には初の体系的マニュアルが策定。 令和7年(2025年)の今回改訂は、それらの蓄積を踏まえ、制度・医学の最新知見を反映した「実務で回せる」一連の流れを具体的に示した内容になっています。
以下では、目次順どおりに要点と実装方法を解説します。

第1章 睡眠時無呼吸症候群(SAS)対策の必要性
1.SASとは?
SAS(sleep apnea syndrome)は、睡眠中に気道が塞がれ、呼吸が止まる/止まりかける状態が反復する疾患です。質の良い睡眠がとれず、日中の強い眠気や疲労を引き起こします。それにより運転中に突然意識を失うこともあります。
SASでは、運転中に突然意識を失うような睡眠に陥いることもあります。
[上気道が閉塞する模式図]

2.SASの症状
典型的には、大きないびき、睡眠中の呼吸停止を家族に指摘される、息苦しさで目覚める、起床時の頭重感・頭痛、日中の強い眠気などがありますが、必ずしも眠気が強く出ないケースがあります。
必ずしも眠気を感じることがないという点に注意が必要です。
業務多忙による疲労感ととらえやすく、SASの症状として自覚しにくいという危険性があります。
3.SASと交通事故
SAS患者はSASではない人に比べ約2.4倍事故発生確率が高く、重度では短期間に複数事故が起きやすいと言われています。
重度のSAS患者は、短期間に複数回の事故を引き起こすことが多いと言われています。日本の男性トラック運転者の約7~10%、女性の約3%が中等度以上の睡眠呼吸障害であることが示されています。
その危険性から、国交省が主体となりSAS対策に取り組んでおり、SASの早期発見・早期治療が必要不可欠です。
4.SASと疾病との関連性
未治療のSASは、高血圧、糖尿病、不整脈、脳卒中、虚血性心疾患などの危険性を高め、運転中の突然死にも繋がる健康起因事故の主因です。
SASにより脳への酸素供給が不足すると労働意欲・日常生活のパフォーマンス低下や認知症、うつ病の関連性も報告されています。
5.SASと生活習慣
SASは体質だけでなく、生活習慣と強く結びついています。特に肥満(BMI高値)は最大のリスク因子。就寝前飲酒や喫煙も悪化要因です。
SASは生活習慣と大きく関連のある疾病です。肥満はSASの発症・悪化に強く影響を及ぼします。アルコールの制限、禁煙や節煙などを心がけましょう。
精神安定剤や睡眠導入剤はSASを悪化させるおそれがあり、主治医への相談が必要です。
6.SASへの対応における事業者・管理者の役割
治療と就労は両立できます。SASであることだけをもって運転業務から外れる必要はありません。
SASは適切に治療すれば健康な人と同じように安全運転を続けていくことができます。 したがって、SASと判明したからといって直ちに運転業務からはずすなどの差別的な扱いは厳禁です。専門医・産業医からの意見等を勘案し、就業上の措置を決定してください。
本文には、SASであることを隠し、治療を受けずに運転を続けるのが本人・会社・社会にとって最も危険という強い注意喚起もあります。
7.SASに起因すると疑われる交通事故事例
詳細は末尾の付録:事故事例集で、事故概要/原因/再発防止策に分けて掘り下げます。早期発見・早期治療が重要であると示す事例です。
※過去の判例はこちらの解説記事をご覧ください
SASと交通事故の関係把握
健康起因事故の報告および受診状況の報告義務
令和4年4月~:SASが疑われる居眠り・漫然運転による事故は、健康起因事故として報告。
令和7年4月~:事故発生時、当該運転者のSASスクリーニング検査の受診状況を報告。
※詳しくは解説記事をご覧ください。
第2章 SASスクリーニング検査の進め方と活用
1.SASスクリーニング検査とは?
SASスクリーニング検査はSASの早期発見を目的に、運転者を対象として確定診断のための精密検査が必要かどうかを判断するために行う簡易な検査です。
自宅でできる簡単な検査で、医療機関に行かなくてよく、運転者にとって低負担で受けられます。
国土交通省やトラック協会等補助金、助成金制度もありますのでご活用ください。
※補助金・助成金についてはこちらの解説記事をご覧ください。
[SASスクリーニング検査の手順(例)]

2.SASスクリーニング検査受診までの準備
(1)啓発・教育
まず、SASについて以下の重要性を周知します。
交通事故の要因となるおそれがあること
生活習慣の改善を図るなど、適切な健康管理を行う
SAS対策を進めるには必要性を社内で意識共有することが重要で、その第一歩がSASへの正しい認識です。方法としてポスターや本マニュアル、チラシ、安全衛生委員会、運転者会議、労働組合等での教育などがあります。
(2)検査前に周知すべきこと
スタート時にはSAS対策の目的や会社の方針を示します。
SAS検査は運転者の健康と安全のために必要
SASを理由に不平等な扱いをしない
プライバシー管理は適切に行う
などが運転者の不安や危惧を取り除きます。これを明文化しあらかじめルールを作成するため、「SAS取扱規定」などの社内規定があるとスムーズになります。
規定は本文内別添資料に例示していますのでご参考ください。
3.SASスクリーニング検査の進め方
(1)検査対象者の抽出
“眠気のある人だけ”に絞る発想は取りこぼしを生みます。全員検査を原則とし、事故多発・不規則勤務・夜勤・長距離・肥満・健診異常などに該当する者から優先に検査をすることも合理的です。
本人の自覚症状による問診票だけで検査対象者を絞ってしまうと、重症のSAS患者を見過ごしてしまうリスクがあるので避けなければなりません。スクリーニング検査の基本は運転者全員を対象に実施することです。検査の頻度は2~3年に1回が目安です。
職種変更や体重が急増したような人も検査対象とし、一方で治療中でコントロール良好な人は対象外とします。自覚症状の有無で検査対象を決めることはなく、客観的な検査が求められます。
したがって、眠気がなくてもスクリーニング検査機器による客観的な検査を受けることが重要です。
(2)SASスクリーニング検査の実施について
SASスクリーニング検査には主に「パルスオキシメトリ法」と「フローセンサ法」の2つが用いられます。
[パルスオキシメトリ法とフローセンサ法]

パルスオキシメトリ法は、指先のセンサで睡眠中の酸素飽和度をモニタリングし、酸素飽和度の低下回数から呼吸障害の程度を把握します。
フローセンサ法は鼻と口の先につけたセンサにより気流状態から無呼吸や低呼吸の程度を把握します。
SASスクリーニング検査のあと、必要があると判定されれば専門医療機関での精密検査に進みます。スクリーニング検査の段階で就労能力や運転業務の可否判断はできません。
スクリーニング検査の結果を踏まえて、SASの疑いのある人はなるべく早いタイミングで精密検査を受ける必要があります。
4.専門医療機関のかかり方
以下のフローチャートに沿って医療機関の受診は進みます。
[フローチャート]

(1)医療機関の予約
受診先の選定:睡眠外来、呼吸器内科など。社内の「受診先リスト」を整備しておくと、受診しやすく、「SAS 医療機関 受診」などで検索すると医療機関リストを見ることが可能です。受診時は保険証、SASスクリーニング結果表、紹介状や他院での受診状況がわかるものなどを持参します。
※たとえば治療機器メーカーが全国の専門医療機関を公表しています。
(2)精密検査(確定診断)及び治療
医療機関では、外来診療から始まり精密検査であるPSG検査(終夜睡眠ポリグラフ検査)を受けます。
PSG(終夜睡眠ポリグラフ検査):脳波・心電図、口・鼻からの気流、胸部・腹部の動き、動脈血の酸素量、いびきなどを記録し総合的に解析する検査。無呼吸低呼吸の回数を示すAHIで重症度を判定(5未満/正常、5–15/軽症、15–30/中等症、30以上/重症)。AHI20以上がCPAP治療が保険診療となる条件になります。
※呼吸回数が20未満でも一度の無呼吸が極端に長い場合などもあり、最終的に医師が治療の必要性を判断します。
[PSG検査]

(3)CPAP治療について
CPAP治療はSASの代表的な治療法で、中等度から重度のSAS患者によく用いられます。機械で上気道に圧力をかけ物理的に気道を広げ、有効性や即効性が高く、副作用はほとんどありません。
有効性・即効性があり、ほとんど副作用はありません。CPAPは大変有効な治療法ですが、基本的に毎月の受診が必要です。
治療状況がよければ、医師と相談の上通院を3か月に1回程度に減らしたり、オンライン診療を受けることも可能です。
ただし、CPAP治療は一定期間装着すればSASが治癒するというものではなく、メガネのようなイメージで付き合うことが求められます。そのため、治癒のためには合わせて減量・節酒・禁煙などの生活習慣上の努力も不可欠です。
5.運行管理を踏まえた社内での取扱
(1)治療状況に合わせた適切な勤務形態と乗務可否判断
SASと診断されたらすぐに治療を開始しましょう。事業者は安全な運行のために、SASであることを把握する必要があり、あらかじめ社内規定等でルールを設け、同意を得る必要があります。
運転者が精密検査の結果、SASと診断を受けた場合は、一刻も早く治療を開始しなければなりません。 また、事業者は安全な運行のために、運転者がSASであることを把握しておく必要があります。検査結果が個人情報であるため、社内規程等のルールを作成し、予め本人の同意を得ておくことが重要となります。
普段から定期的にコミュニケーションをとるなど、信頼関係を築き、話しやすい雰囲気をつくることも重要となります。
診断を受けてから治療開始までは負担のない勤務スケジュールに変更するなどの対応をとります。適切な治療・勤務形態によって良好な睡眠をとることができれば業務に向かうことができます。軽症の場合は業務上の負荷軽減や生活習慣の改善など医師と相談して慎重に対応しましょう。
乗務可否の判断目安や医師への意見聴取方法は『事業用自動車の運転者の健康管理マニュアル』を参照してください。
(2)治療継続の確認
必ず治療開始だけでなく、治療継続も確認をするようにしてください。気づかぬうちに治療を中断するケースがあり、本人への聞き取りや治療状況の確認を行います。職業運転者としての自覚を促す強い熱意や指導力が求められます。
SASの診断を受けた運転者に対しては治療継続の確認が重要となります。
(3)管理者・点呼者の役割
点呼時には睡眠時間の確認とともに、CPAPの装着状況を含む治療状況の確認を行い、乗務可否判断の参考にします。SASに起因すると疑われる事故は毎年のように報告されています。運転者の当日の様子や治療状況を正しく把握し、適切な運行管理に努めましょう。
(4)睡眠教育の重要性
睡眠の重要性の教育も必要であり、事業者は労働時間や運行シフトなど運転者が十分な睡眠を確保できるよう配慮します。必要により健康づくりのための睡眠ガイド2023(厚労省)を参考にしてください。
職業運転者にとって良質な睡眠の確保は安全への生命線です。
6.その他
良質な睡眠を確保するための情報
入浴による体温変化、照射光の適正化、睡眠計、睡眠中の気道閉塞を緩和する機器などが例示されています。
まとめ
平成15年→平成27年→令和7年と20年以上国土交通省はSAS対策に取り組んでおり、令和7年に最新版のSAS対策マニュアルが公表されました。
SASは2.4倍の事故リスク、重度は短期間に複数事故と危険性が高く、事業者としてSAS対策が求められます。
「治療すれば運転は可能」であることを軸に、全体を規程化し“会社の仕組み”にすることが重要です。
検査は運転を行う全員が基本、2〜3年に1度を目安。眠気の自覚に関わらず客観検査が必要です。
SASスクリーニング検査→診断→即治療→継続確認→点呼運用を繰り返し定着を図るとともに、従業員教育も重要です。
参考:規程サンプルの掲載について
本マニュアルには、就業規則・社内ルール整備の参考となる規程サンプルも掲載されています。叩き台として活用しつつ、自社の実態や産業医・社労士等の助言に沿って最終化を行ってください。
付録|SASに起因すると疑われる交通事故等事例
事例1:乗合バスの衝突事故(東京都大田区)
事故概要
平成27年1月9日15時05分頃、都道421号線のT字路交差点において、乗合バスが乗客21名を乗せて走行中、道路左側の電柱に衝突。乗客1名が重傷、18名が軽傷。走行中に運転者の顔が下向きになると同時にハンドルが左に切れ進行方向が左側へ逸れて電柱に衝突。
原因
運転者が眠気を催していた状態で運転を継続したため、居眠り運転の状態となったと考えられる。運転者は中等度のSASと診断されており、運転中に強い眠気に襲われた原因の一つにはSASの症状が現れた可能性がある。同運転者は事故の半年前に病院で検査を受けようとしたが、検査に時間がかかるため放置し、その状況を事業者に報告していなかった。事業者側でも状況の把握と受診勧奨が十分でなかったことがSASの症状が現れたことにつながった可能性がある。
再発防止策
事業者は、運転者が仮にSASと診断された場合でも適切に治療すれば安全な運転を継続できることを理解した上で、早期発見・早期治療につながる取組を積極的に進める。
事業者は運転者に対して、睡眠不足や眠気により安全運行できない恐れがある場合は、直ちに車両を安全な場所に停止させ、速やかに運行管理者に状況を報告するように指導する。
事業者は、点呼時に疾病・疲労等について報告させ、運行の可否を適格に判断する。
事例2:乗合バス(中型)の衝突事故(東京都世田谷区)
事故概要
平成29年11月25日13時02分頃、都道118号線において、乗合バスが乗客16名を乗せて走行中、道路左側の歩道に乗り上げガードパイプをなぎ倒し、その先の電柱に衝突して停止。同車両の乗客12名及び運転者が軽傷。
原因
事業者は、安全な運転ができないおそれのある運転者を業務に就かせてはならないにもかかわらず、SASの検査で「経過観察」と判定されていた運転者に対し、その後のフォローを行わずに運転させていたことが、事故前に強い眠気を感じた一因である可能性。事業者は、指導監督指針に基づき疲労や眠気を感じた時の対処の方法を指導することになっていたが、充分な指導を行っていなかったことも背景と考えられる。
再発防止策
休憩・体調回復を確保するよう指導し、運行中に強い眠気が生じた場合は、直ちに安全な場所に停止・報告させる。
適性診断受診後に通知された指導要領に運転特性等について重要なアドバイスが記載されている場合は、運転者に確実に伝達する。
SASスクリーニング検査の結果が経過観察であれば、運転者に対して十分に説明し、推奨する機関に基づき再検査を行うなど、検査結果を有効に活用して健康管理体制を整備する。
事例3:タクシーの衝突事故(長崎県平戸市)
事故概要
平成30年6月19日13時05分頃、県道19号線において、タクシーが乗客1名を乗せて片側1車線の道路を走行中、車道中央線を越えて対向車線側に進行し、対向してきた乗用車と衝突。タクシーの乗客1名が重傷を負い、乗用車の3名が軽傷を負った。
原因
運転者は日中の眠気が続いており、当日も眠気を抱えたまま運転していたため、注意が行き届かず前方不注視の状態に陥ったとみられる。運行管理者では、健康管理マニュアルにもとづく運転者の日常的な確認・指導が十分でなく、運転者自身も日中の強い眠気を報告していなかった。事故後のSAS検査で重症のSAS(睡眠時無呼吸症候群)が判明。事故の要因になっていたと考えられる。車内では乗客にシートベルト着用の案内がなく、未着用により被害が大きくなった可能性が指摘される。
再発防止策
運転者に対して指導監督指針に基づいた指導監督を行う。
指導方法を工夫し指導内容の理解を確認、実効性のある指導教育を実施
ドライブレコーダーの映像の活用による運転状況の確認など、体調等の異変が起きていないか把握する。
仮にSASと診断されても適切に治療を行うことで安全な運転が可能であると理解し、「自動車運送事業における睡眠時無呼吸症候群対策マニュアル~SAS対策の必要性と活用~」を活用しSASの早期発見治療に繋がるように努める。
事例4:大型乗合バスの横転事故(名古屋市北区)
事故概要
2022年8月22日10時12分頃、大型乗合バスが料金所の減速車線を走行中、左方に斜走し分岐帯に衝突、本線内に侵入し横転・停止。その後、車両火災が発生し、運転者と乗客1名が死亡、乗客1名が重症、乗客5名と小型乗用車の運転者が軽傷。
原因
運転(推定)
SASのおそれは自覚していたが事業者に相談したり検査を受けていない。
意識レベルが低下したが運転を継続した。
乗客へのシートベルト着用が徹底されていなかった。
事業者・運行管理者
適性診断(一般)でSASのおそれが非常に高いと指摘されていることを見逃しSASスクリーニング検査や治療を受けさせていなかった。
運行基準図において速度規制超過が複数あり、速度規制を超える運転が誘発されていた可能性がある。
再発防止策
SASへの適切な対応
適性診断においてSASの恐れを指摘された運転者の把握に努め、積極的にスクリーニング検査を受診させる。
適切な運行管理
点呼時に健康・睡眠状態を確認する。
運転者に対する健康管理を徹底する。
運行基準図において現場の最高速度規制を守る。
乗客にシートベルトの着用を促すとともに着用確認を行うよう指導する。


